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京都地方裁判所 平成11年(行ウ)18号 判決 2000年11月17日

原告 佐川清 ほか二名

被告 左京税務署長

代理人 長崎正治 高谷昌樹 麝嶋昭 岩田千香子 ほか二名

主文

一  被告が平成九年一二月一〇日付けで原告佐川清に対してした平成六年四月一二日相続開始にかかる相続税の更正処分のうち、課税価格二億五九九一万二〇〇〇円、納付税額二四九四万四一〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  被告が平成九年一二月一〇日付けで原告佐川正明及び同佐川光に対してした平成六年四月一二日相続開始にかかる各相続税の各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分を、いずれも取り消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  佐川ユキエ(以下「ユキエ」という。)は、平成六年四月一二日死亡し、夫である原告佐川清、子である原告佐川正明及び同佐川光が、その相続人となった。

2  ユキエの相続(以下「本件相続」という。)にかかる相続税(以下「本件相続税」という。)について、原告らのした申告、被告のした各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定(以下、被告の右各処分を「本件処分」ともいう。)、原告らのした異議申立て、被告のした異議決定、原告らのした審査請求及び国税不服審判所長のした裁決とその内訳は、別紙<略>のとおりである。

3  しかしながら、本件処分は次のとおり違法である。

(一)(1) 原告らは、平成六年二月一六日、財団法人佐川交通社会財団(以下「佐川財団」という。)に対して、本件相続により取得した四国佐川急便株式会社(以下「四国佐川」という。)の株式六〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を、佐川財団の基本財産に組み入れることを指定して寄付し(以下「本件寄付」という。)、本件相続税の申告に際し、租税特別措置法(平成六年四月一二日当時施行のもの、以下「措置法」という。)七〇条一項の適用を受けるべく、その旨を申告した。

(2) 佐川財団は、租税特別措置法施行令四〇条の三第一項所定の法人であり、措置法七〇条一項所定の「政令で定める」法人に該当する。

(3) 被告は、本件株式を相続税の課税価格の計算の基礎に算入して本件処分をしたものであり、本件処分は、措置法七〇条一、二項の適用を誤った違法がある。

(二) 四国佐川は、本件相続開始時、佐川急便株式会社(以下「佐川急便」という。)との合併手続を進めていたから、本件株式の時価は両社の合計純資産を基礎とすべきである。しかし、被告は、四国佐川の純資産価額のみを基礎として一株当たり一四万二五九五円(六〇〇〇株合計金八億五五五七万円)として本件株式を評価し、本件処分をした。

4  よって、原告らは、本件処分のうち、原告佐川清に対する課税価格二億五九九一万二〇〇〇円、納付税額一四九四万四一〇〇円を超える部分、及び原告佐川正明及び同佐川光に対する各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分の取消を求める。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3(一)(1)は認め、(3)の主張は争う。

3  同3(二)の主張は争う。

四  被告の主張

1  本件相続による原告らの取得財産のうち、本件株式以外については、別紙<略>の申告欄記載のとおりである。

2  本件株式の価額は、本件相続税の課税価格の計算の基礎に算入される。

(一) 措置法七〇条一項は、相続により財産を取得した者が、当該取得した財産を、右取得後、当該相続にかかる相続税法二七条一項の規定による申告書の提出期限までに、民法三四条の規定により設立された法人その他の公益を目的とする事業を営む法人のうち、公益の増進に著しく寄与するものとして政令で定めるものに贈与をした場合には、原則として、当該贈与をした財産の価額は、当該相続に係る相続税の課税価格の計算の基礎に算入しない旨規定する。

しかし、同条二項は、前項に規定する政令で定める法人で、右贈与を受けた者が、当該贈与があった日から二年を経過した日までに、前項所定の政令で定める法人に該当しないこととなった場合、又は、当該贈与により取得した財産を同日においてなおその公益を目的とする事業の用に供していない場合には、当該財産の価額は、当該相続に係る相続税の課税価格の計算の基礎に算入する旨規定している。

(二) 本件株式については、本件寄付から二年を経過した日までに配当がなかった。

(三) 右(二)の事実によれば、佐川財団は、本件寄付から二年経過時まで本件株式を公益を目的とする事業の用に供していない。したがって、本件株式の価額は、措置法七〇条二項の規定により、本件相続に係る相続税の課税価格の計算の基礎に算入される(措置法の通達七〇―一―一二参照)。

3  本件株式の価額は、一株当たり一四万二五九五円、総額八億五五五七万円と評価すべきである。

相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨規定している。相続税等における財産の評価については、昭和三九年四月二五日付け直資五六ほか国税庁長官通達(以下「評価基本通達」という。)により定められている。これによれば、本件株式のような取引相場のない株式は、当該株式の発行会社の従業員数、業種、純資産額ないし年間取引金額の規模により、大会社、中会社、小会社に区分して評価するとされている(同通達一七八本文)。四国佐川は、従業員数が一〇〇人以上の会社であり、大会社に該当する。

大会社の株式の価額は、原則として類似業種比準価額により評価されるが、納税者の選択により一株当たりの純資産価額(課税時期における各資産を評価した価額の合計額から、課税時期における各負債の金額の合計額及び評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除した金額を課税時期における発行済株式総数で除した金額。同通達一八五ないし一八六―三)により評価することもできる(同通達一七九の(1))。原告らは本件相続税の申告にあたり一株当たりの純資産価額により評価する方法を選択しており、この方法により本件株式の価額を評価すれば、一株当たり一四万二五九五円が相当であり、総額は、株式数六〇〇〇株を乗じた八億五五五七万円である。

五  原告の反論

1  被告の主張1及び2(一)(二)は認め、(三)の主張は争う。

措置法七〇条二項は、相続税、贈与税の租税回避を防止するための規定である。本件寄付は、公益法人である本件財団の基本財産に組み入れることを指定してされたものであり、基本財産の処分運用は、本件財団の寄付行為により規制され、しかも行政による指導・監督に服するのであり、寄付者の支配は排除されている。本件寄付が租税回避行為になることはない。本件寄付のように、資産の直接利用目的をもたないものは、同項の解釈においては、配当の有無にかかわらず、寄付と同時に事業の用に供したものと解すべきである。

また、株式の配当は寄付を受けた法人の支配するところではない。措置法の通達七〇―一―一二は、寄付者とは無関係の者の行為によって法人の事業への供用の有無を判定するものであり、措置法七〇条二項が寄付者の租税回避行為を防止するための規定であることに照らすと、同項の解釈を誤ったものである。

2  同3の主張は争う。

(一) 四国佐川は、平成五年一二月一八日に佐川急便株式会社を合併会社とする合併契約を締結し、平成六年九月二七日に合併登記を了した。

(二) 合併後の合併法人の純資産額は〇円である。

理由

一  請求原因1、2、3(一)(1)、被告の主張1、2(一)(二)の事実、以上は当事者間に争いがない。また、請求原因3(一)(2)は、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二  まず、被告の主張2(三)、すなわち、本件寄付があった時から二年間、本件株式の配当がなかったことをもって、佐川財団が本件株式を公益を目的とする事業の用に供していないといえるかどうかについて検討する。

1  措置法七〇条一項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が、相続税の申告書の提出期限までに、右財産を公益を目的とする事業を営む法人のうちの政令で定められるものに贈与した場合には、原則として、当該財産の価格は相続税の課税価格の計算の基礎に算入しない旨、同条五項は、第一項の規定は、これらの規定の適用を受けようとする者が相続税の申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨を記載し、且つ第一項の贈与の明細書その他大蔵省令で定める書類を添付しない場合には適用しない旨を規定する。したがって、同条一項の要件を充たす贈与をした者は、同条五項の要件に従って、右の贈与した財産の価格を相続税の課税価格の計算の基礎に算入しないで相続税の申告をすれば、租税手続上も適法であるだけでなく、租税実体法上も適法な申告をしたことになる。

しかし、同条二項は、右の贈与を受けた法人が右贈与のあった日から二年を経過した日までに同条一項所定の法人に該当しないこととなった場合、又は右贈与により取得した財産を同日においてなおその公益を目的とする事業の用に供していない場合には、当該財産の価額を当該相続又は遺贈に係る相続税の課税価格の計算の基礎に算入する旨規定している。これは、右の贈与のあった日から二年を経過した日において(これは、相続税の申告書の提出期限の後である。)、右のような事由が発生した場合には、租税実体法上、その時点において、後発的に課税要件が変更することを意味するもので、贈与された財産の価格を相続税の基礎となる財産の価格に算入して相続税の計算を再度やり直す必要が生じるわけである。措置法も、そのことを前提として、七〇条の二第一項において、かような場合には、同法七〇条一項の適用を受けて申告書を提出した者は、右の二年を経過した日の翌日から四か月以内に右のとおり相続税の計算を再度やり直した修正申告書を提出し、不足することとなった税額を納付しなければならないと規定している。なお、この場合には、右の二年の経過によって当初の申告が直ちに過少申告になるわけではないことにも留意しなければならない。

このようにみてくると、措置法七〇条二項所定の贈与があった日から二年を経過した日においてもなお贈与を受けた財産を法人がその公益を目的とする事業の用に供していないとの要件は、同項の文言上も、それが後発的に課税要件を納税者に不利益に変更させる事由であることからも(後発的な新たな課税要件事実である。)、更にはそれが納税者側の事情ではないことからも、課税庁において具体的に主張立証すべき事由であるといわざるを得ない。

2  ところで、措置法七〇条一項の適用がある贈与が公益を目的とする事業を営む法人にあった場合には、通常の場合には、贈与の対象の財産は、法律上、確定的に法人の所有に帰し、以後は、その法人においてその財産を基本財産に組み入れたり、又はそれをせずに売却や担保の対象にするなど法人内部の手続により処分できる状態になり、法律上は、それによって、右財産は、完全に公益を目的とする事業を営む法人の支配下に入る。したがって、前記要件を、その財産をあくまでも直接に右事業の用に供しない場合と解すると、贈与の対象が金銭であれ、有価証券であれ、専らその法人内部の事情により後発的な課税要件の変更事由の発生の有無が決することになって明らかに不合理である。例えば、贈与の対象が金銭であっても、それを、事後にその法人が何に使用したかが問題となり、預金するなどして保管していて右の二年間が経過すると、前記要件を充たすことになる。そこで、措置法七〇条一項の趣旨が、公益の目的の事業を営む法人に対して、相続や遺贈で取得した財産を寄付する者には、政策的に相続税を軽減することにあること、同条二項においては、同様の後発的課税要件の変更事由として、贈与を受けた日から二年間を経過した日までの間にその法人が同条一項所定の法人でなくなった場合が定められていること等に照らすと、対象となった財産に対する完全な支配の移転があった場合には、原則として、同条二項の右の公益を目的とする事業の用に供していないとの前記要件は問題にならず、各要件は、具体的には、例えば、右の二年間のうちに贈与者がその財産を当該法人から廉価で買い戻したこと等の措置法七〇条一項を利用した相続回避行為が行われたような場合を意味するものと解するのが相当である。

3  本件において、被告は、佐川財団が本件寄付を受けてから二年間を経過した日までに本件株式について配当がなかったから、佐川財団は本件株式を公益を目的とする事業の用に供していないと主張する。

しかしながら、前判示の判断によると本件株式について配当がなかったというだけで右の要件を充たすものと解することはできず、また、少なくとも、配当の有無によって右の要件を判断する合理的な理由は全くないといわざるを得ない(仮に、配当があっても、それだけでは、配当金が公益を目的とする事業の用に直接に供されたとはいえない。)。被告は、措置法の通達七〇―一―一二を挙げるが、その趣旨が被告主張のようなものであるなら、それは措置法七〇条二項の解釈を誤ったものといわざるを得ない。被告の右主張は採用できない。

三  そうすると、本件寄付は、措置法七〇条一項の規定を充たすところ、同条二項の「事業の用に供していない」との要件を充たしたとの立証がないことに帰するから、本件処分には、本件株式を相続税の課税価格の計算の基礎に算入した点でいずれも違法があり、本件処分のうち、原告清に対する更正処分中、課税価格二億五九九一万二〇〇〇円、納付税額一四九四万四一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分、並びに、原告正明、同光に対する各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも取消しを免れない。

四  以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 八木良一 山本和人 吉田静香)

別紙<略>

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